テーブルの上を凝視したまま、できるだけ感情を押し殺した声で、レキはぼそりと呟いた。
「……おい」
 場所は、とある宿場町の宿屋の一室。窓の外では静かな雨がしとしとと降り続いていた。近頃の不安定な気候がもたらす、日替わりでの空模様の変化。
 傭兵業を生業にしているレキにしてみれば、天候の不安定さはそのまま、仕事の有無にも直結する。天候の読めない状況下に腰を据えて戦火を交えるほど、この地域では深刻な問題を抱えているわけでもない。自然、この時期の傭兵は、仕事を干されて時間を持て余すのが常である。
 仕事がない。金もない。自分の力を発散させる場もない。そんなわけで、今のレキは胸中に鬱憤を抱いたまま、妙に苛々としていた。
 しかし。若干殺気をはらんだレキの呟きに対して返ってきた言葉は、「なーにー?」という実にのんびりとしたものだった。レキは返事を寄越した本人をぎろりと睨みつけ、そして、テーブルの上にある包みを指差す。
「いったい何なんだよ、これは!?」
 すさまじい剣幕のレキを見上げてくるのは、長い睫毛に縁取られた空色の瞳。ともすれば女性にも見えうる顔立ちの持ち主である「彼」は、宿屋のベッドの上にごろりと寝そべったまま、憤慨しているレキと、そしてレキの指が示すものを交互に見やった。
「え、レキってば知らないの? 超有名だよ、それ」
 あっけらかんと言い放つ。レキはこめかみを引きつらせた。
「そんなことを訊いてんじゃねぇ!! なんでこんなものがここにあるんだよ、このあほガンマン!!」
 思わず叫んでから、しまったと思った。しかし後悔は先には立たない。レキが慌てて何か言い繕うとしたその瞬間、室内に銃声が轟いた。続いて鼻を掠める、焦げ臭い匂い。反射的に身を竦めたが、勿論の事ながら、その行為は今さら何の意味も持たない。はらり、と自分の横髪が数本舞い落ちるのを、レキは視界の端に確認した。
「――誰が、“あほガンマン”だって?」
 発砲した当の本人は、殺人的に爽やかな笑みを浮かべながら、寝転がったままその手の中で拳銃を器用にくるりと回して見せた。いったい、いつの間に懐から出してきたのだろうか。
 恐る恐る、レキは自分の背後を振り返る。白い漆喰の壁には、小さな鉛塊がめり込んだ痕が痛々しかった。この至近距離であんなものが自分の体に撃ち込まれたら、一巻の終わりだ。レキの背中を冷たい汗が流れた。
「いつもながら、容赦ねぇ威嚇だな」
 引きつった顔で、とりあえず強がりだけは言ってやった。それに対し、相手は更に顔に笑みを刻む。
「褒め言葉だと受け取っておくよ。でも、ガンマンなんていう古臭い呼び方はやめてよね。ぼくにはちゃんとした通り名があるんだから」
 ――“銃撃手(ガン・スリンガー)”のジクス。
 賞金稼ぎの世界で知らぬ者はいないその名を背負ったこの男こそが、レキの相棒だった。レキ自身もそれなりに腕に覚えはあるものの、業界で一目置かれている男に対して喧嘩を売るほどに無謀ではない。
 仕方なく、レキは肩を落とすと再びテーブルの上を見やった。件の包みを顎で差し、彼――ジクスに先を促した。
「――で? これはいったい、何のつもりなんだ?」
 包みの中身からして明らかに嫌がらせだろうという言葉は、ぐっと飲み込む。体に風穴を開けるのはごめんだ。
 レキからの問いにジクスは、今度こそ本物の笑顔を浮かべた。笑うと顔が無邪気に見え、年齢不詳っぷりにますます拍車がかかる。 
「いやなんかねー。今日は雨だから、外に出れないでしょ? あんまりにヒマだったから、レキの誕生日なんかを設定してみたの」
「はぁ?」
「その設定の結果、レキの誕生日は1月1日に決定しましたー! その包みは、誕生日プレゼントなのですー!」
 一人でぱちぱちと手を叩いて盛り上がっている。
 プレゼント。その単語の持つ効果は、何故こうも強力なのだろうか。レキは、今しがたまで本気で立腹していた相手に対して、少しばかり好感を持った。彼とは長い付き合いになるが、こんな手ごたえは滅多とない。しかし己の内心を悟られるのが癪だったので、レキは努めてぶっきらぼうに振舞った。わざとらしく舌打ちをすると、渋面になって見せる。
「で、なんで1月1日なんだよ?」
 1月1日といえば、一年のうちで最も重要な始まりの日。そんな日を誕生日として設定してくれるとは、何だかくすぐったい心地だ。そう、思っていたのだが。
「ワンワンの日。レキにぴったりでしょ」
 あはははと笑う相棒からの返答に、レキは閉口する。
 オレのことを「犬」呼ばわりするのは、手前がご主人様気取りだからだろうが。
 反論の暴言が喉元に山ほどせり上がってきたが、先ほどの発砲事件の記憶は生々しい。洒落にならないほどに生々しい。
 よって、かろうじて搾り出した言葉は、なんとも無難な類のものであった。
「今日は1月1日じゃないぞ…」
 しかし、「超俺様至上主義」とやらを自ら謳うご主人様には、そのような相違など瑣末なものであるらしい。
「いいのいいの、祝いたい時にぱーっと祝うのが、ぼくのポリシーだから」
 当然のように返されるのも、いつものことだ。レキは長く重い息を吐いた。新たに決められた己の誕生日。その誕生日は、ご主人様の気まぐれ次第では明日にでも消滅する運命にあるのだが、そこはそれ。そのときはそのときだ。今はひとまず、彼のその心遣いをありがたく汲むことにしよう。
「そんなわけで、レキ。誕生日おめでとー! このビーフジャーキーを食べて、大きくなってね。そして大いにぼくの役に立ってね!」
 依然としてベッドに寝転がったまま、満面の笑みで、ジクスが改めて卓上の包みを指差した。包みの中身は、てんこ盛りのビーフジャーキー。肉のミンチと香辛料を混ぜて棒状にした、ジクス曰く「超有名」な、アレだ。人間というよりもむしろ犬猫の類に与えられる、アレだ。
 相棒の笑顔と、そして一体何本あるか知れないビーフジャーキーの束を交互に眺め、レキは大きく肩を落とした。ふつふつとこみ上げてくる、何だかよく分からない屈辱感。いかん、こらえろ、自分。心の中では己を叱咤するものの、気が付けばレキは顔を上げ、そして天井に向かって叫んでいた。
「雨のくせして、こういう買い物だけはしてんじゃねぇよ、このあほガンマンー!!!!!」
 直後、室内に二発目の銃声が響き渡ったのは、言うまでもない。
 

(2006.12  オガチョ)

 
12月30日は六神さんの誕生日☆
てなことで、こっそり書いてみました企画小説(笑) 六神さんのオリジナル小説『それでも明日はやってくる!』の過去編より。傭兵コンビのジクス&レキでございまーv オガチョお気に入りの、ご主人様とわんこのお2人です。ほんとはこの2人と行動を共にする少女がいるらしいのですが、すみません、シュミに走ってこのコンビのみの登場となりました。
ていうか、実はジクスとレキが主役の話はまだ読んだことがなくて(笑) いつも六神さんから聞く話の中で勝手に私が妄想……想像しているだけですので、本物の彼らとは激しく相違があることと思います。あはは。そのへんはご容赦をば!
人様のキャラクターを使って小説を書いたのって、そういや初めてかもしれない。でも、書いていてとっても楽しかったですv 
改めまして、六神さん、お誕生日おめでとうございます!
 

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